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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)961号 判決

第九六一号事件控訴人・第九七三号事件被控訴人(第一審被告) 布施税務署長

第九六一号事件被控訴人・第九七三号事件控訴人(第一審原告) 石井弘

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

ただし、原判決主文第一項中「過料」とあるのを「過少」と更正する。

控訴費用中、昭和三一年(ネ)第九六一号事件について生じた分は第一審被告の負担とし、同年(ネ)第九七三号事件について生じた分は第一審原告の負担とする。

事実

昭和三一年(ネ)第九六一号事件につき、被告は「原判決中被告敗訴の部分を取り消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告は主文同旨の判決を求め、同年(ネ)第九七三号事件につき、原告は「原判決中原告敗訴の部分を取り消す。被告が原告に対し昭和二九年五月二四日付でなした昭和二六年分所得税の確定申告に対する、課税総所得金額を金二三八万八、四〇〇円、税額を金一一六万〇、六二〇円とする更正処分は、無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、左に記載するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

被告の主張

原判決が被告の過少申告加算税課税処分を無効とした判断は、誤つている。右処分の効力を判断するうえで問題となるのは、本件においては、原告が確定申告書をその提出期限内に提出しなかつたことについて正当な事由がない場合に当るから、本来ならば決定処分をして無申告加算税を課すべきであるのに、誤つて更正処分をして過少申告加算税を課したことが違法か否か、もし違法だとすれば、その違法は過少申告加算税課税処分の当然無効を来す程度の重大かつ明白な瑕疵に該当するか否かという点である。

ところで、無申告加算税ならびに過少申告加算税はいずれも確定申告書を提出すべき義務ある者が申告義務に違反して期限内に正当な申告をしない不作為に対する行政罰である。その申告義務の内容は、(イ)期限内に課税標準額および税額を記載した確定申告書を税務官庁に提出すること、(ロ)右申告書には正当な課税標準額および税額を記載することである。この申告義務違反の態様として、右(イ)および(ロ)の不履行と右(ロ)のみの不履行があり、前者に対する制裁が無申告加算税であり、後者に対する制裁が過少申告加算税である。したがつて、右両者の構成要件的行為は、前記(ロ)の義務違反たる点を共通にする。そして、本件のごとく、更正による課税処分をなし、その更正による追徴税額の計算の基礎となつた事実につき、申告がないことの正当の事由の有無を判断し、過少申告加算税の課税決定をしている場合においては、確定申告書を提出しなかつたことにつき正当の事由がないことは、論理上当然であるし、現に被告は原告の確定申告書不提出につき正当な事由はないと認めているのである。

そうだとすると、原告の確定申告書不提出の行為は、無申告加算税課徴の法律要件を充足し、かつ過少申告加算税課徴の法律要件をも充足するから、本件過少申告加算税課徴処分は有効であり、無申告加算税を課徴すべきを、誤つて過少申告加算税を課徴した違法は、取消原因にも当らないといわなければならない。

仮に、無申告加算税と過少申告加算税とは構成要件を異にし、前者は後者を包含するといえないとしても、右両者は、申告義務という行政上の義務違反に対する制裁であり、税務官庁により租税法上の手続によつて租税の形式で課徴せられる点においては、本税となんら異なるところはない。そして本件過少申告加算税課徴処分の瑕疵は、本税の課徴処分の形式上の瑕疵に由来する形式的な瑕疵にすぎず、重大な瑕瑕とはいえない。さらに、無申告加算税課徴処分をされることに比し、本件過少申告加算税課徴処分は原告になんらの不利益を与えることもない。そうしてみれば、本件過少申告加算税課徴処分は課税処分として有効なものというべきであつて、これを当然無効ということはできない。

原告の主張

1  被告の適法な指定代理人はひとり日下元孝のみであつて、その他の代理人は無権代理人である。しかも原審ならびに当審における弁論は無権代理人によつてなされたものであるから、その効力はなく、また、かかる無権代理人の作成提出した答弁書その他の訴訟書類は司法書士法に違反して無効である。

2  被告の提出した控訴状には指定代理人日下元孝の表示がないから、被告の控訴は無効である。

3  原告の主張につき、被告は防禦権を放棄し、争つていないから、裁判上の自白として取り扱われるべきである。

4  行政処分の瑕疵は、それが無効原因となるか、将たまた取消原因となるかが、非常にまぎらわしいので、処分を受けた一般私人はいずれの不服申立方法を選択すべきであるかさえ、理解し得ぬのが普通である。なるほど無効と取消し得べき処分の区別は、その標準として、一応当該処分に重大かつ明白な瑕疵があるか否かによるとされるが、しかしながら、何が重大明白な瑕疵であるかについては、学説上多くの争があり、実際上の問題としても無効か取消かは、審理の結果でなければ判明しないことが多いのである。処分の瑕疵の程度を理解し得ぬ私人が無効確認と取消の訴の選択を誤つたとしても無理からぬところであつて、そのためにも無効と取消の訴を共にする必要が生ずるのである。したがつて、本件において、原告が本件所得税更正処分の無効確認訴訟において求める取消請求につき、再調査および審査の手続を経なかつたことについては正当な事由があるものというべきである。仮にそうではなく、右取消請求につき前審手続を経べきものとすれば、原審は前審手続をなし得る期間中に却下の判断をなすべきであり、その期間経過後になした却下の判断は、原告の権利救済を度外視したものであつて、不当である。

理由

原告は、被告側の指定代理人日下元孝をのぞくその他の指定代理人の訴訟代理権の欠缺を主張するけれども、国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律によれば、行政庁は、所部の職員でその指定するものに行政庁を当事者とする訴訟を行わせることができるし(五条一項)、法務大臣は、右の訴訟について、必要があると認めるときは、所部の職員でその指定するものに訴訟を行わせることができるとされ(六条二項)、これらの指定されたものは、当該訴訟について、代理人の選任以外の一切の裁判上の行為をする権限を有する(七条)。したがつて、本件において、被告たる布施税務署長が原審で指定した大蔵事務官田中平、東山芳三、森甫、松井精治、中条康夫、当審で指定した鴨脚秀明ならびに法務大臣が当審で指定した検事麻植福雄がいずれもその指定中被告側の指定代理人として訴訟代理権を有することは明らかであるから、これらのものに訴訟代理権のないことを前提とする原告の所論はすべて理由がない。

原告は、被告の控訴状には指定代理人日下元孝の表示がないから、被告の控訴は無効であると主張するけれども、被告の控訴状にその指定代理人として右の日下元孝および前記鴨脚秀明の記名捺印が存することが明かであるから、原告の所論はその前提においてすでに理由がない。

さらに、原告は、被告側は防禦権を放棄し、原告の主張のすべてにわたつて争わないものであるというけれども、被告が事実欄摘示のとおり争つていることは、本件弁論に徴して明かであつて、右所論も理由がない。

次に、原告が昭和二九年五月一〇日まで布施市内で紡績機械下請製造を業としていたこと、原告が昭和二六年分所得税に関し、予定申告をしたのみで、確定申告をしなかつたこと、被告が昭和二九年五月二四日付通知書をもつて、原告に対し、昭和二六年分の営業所得を二四六万〇、四〇〇円、課税総得金額を二三八万八、四〇〇円、税額を一一六万〇、六二〇円とする更正処分ならびに過少申告加算税額を五万三、五五〇円とする課税処分を通知したことは、当事者間に争がない。そして原告の右予定申告が昭和二六年七月三一日頃なされ、総所得金額を三七万円(この点は争がない)、扶養親族を二人としていたことは、当事者の明かに争わないところであり、右申告当時の所得税法において、扶養控除額が扶養親族一人につき一万五、〇〇〇円、基礎控除額が三万円とされていたことに徴すると、右予定申告はその申告当時において課税所得金額を三一万円、予定納税額を九万八、六〇〇円としていたことが推測せられ、それが昭和二六年一一月三〇日法律第二七三号の「所得税法の臨時特例に関する法律」第一五条の適用を受けるにいたつた結果、予定申告における課税所得金額が二九万八、〇〇〇円、予定納税額が八万九、四八〇円と変更するにいたつたことが認められる。

ところで、被告の発送した本件更正通知書(甲第三号証)には、「あなたの昭和二六年分所得税(修正)確定申告について調査の結果次のとおり更正しましたから御通知します」との記載があるが、右記載中(修正)確定申告の部分は印刷されていて、修正の文字が()の括弧でかこわれているところからみると、右更正通知書の用紙は、確定申告書に次いで修正確定申告書を提出した者ならびに確定申告書のみを提出した者に対する更正通知のために兼用されていたことがうかがわれるばかりでなく、右更正通知書にある右の(修正)の括弧の部分が抹消されていないし、また、この(修正)の印刷部分が被告において抹消するのを忘れたものであることについては、当事者間に争がないので、これらの点ならびに右通知書のその他の記載内容を前記の所得税法等の法律に照合するときは、本件更正通知書は、原告より確定申告書がその提出期限内に提出されたものとして、これに対する被告の更正処分ならびに過少申告加算税課税処分を表示する趣旨のものであると認められる。

そこで、まず、本件更正処分が無効であるとの原告の主張から検討する。

原告は、昭和二六年分所得税の確定申告について、被告からいずれ通知するからそのときの様子によつて申告すればよいとの了解を得たので、申告をしないでいたところ、被告は昭和二九年五月に突然本件更正処分をしたから、該処分は信義誠実の原則に著しく反し無効であると主張する。しかし、納税義務者が昭和二六年分の所得税に関する確定申告書を翌年二月一日から同月末日までに提出すべき義務のあることは、当時の所得税法第二六条の規定するところであり、原告主張のような被告の了解が仮にあつたとしても、かかる了解は右規定に違反する無効のものであつて、信義則を適用する余地がないから、原告の右主張は理由がない。

原告は、本件更正処分は、原告の確定申告がないのにかかわらず、これあるものとしてなされたもので、その瑕疵は重大かつ明白であるから、無効であると主張する。所得税法は申告納税制度を採用し、納税義務者が自ら所得金額および所得税額を正しく計算し申告して納税すべきことを建前としているが、確定申告のなされた場合でも、その申告にかかる額が正しくないときは、税務官庁はその調査に基いて申告を更正するものとし(四六条一項)、また、確定申告をしない場合は、税務官庁が調査して納税義務者の所得金額および所得税額を決定することとしている(四六条四項)。そして提出期限内になされた確定申告に対する更正処分の場合は、申告にかかる扶養控除等が認められるに反し、無申告に対する決定処分の場合は、かかる控除は認められない(二八条、前掲特例法一四条)。本件において、原告が確定申告をしないで扶養控除を受けたことは、上叙のとおりである。したがつて、税務官庁としては、決定処分をなし、かつ扶養控除を認めるべきではなかつたのにかかわらず、更正処分をなして扶養控除を認めた点において、本件更正処分は所得税法違反の瑕疵を有するものといわざるをえない。しかしながら、申告に対する更正処分は、単に申告に対する追完的な処分にすぎないものではなく、税務官庁が調査の結果に基いてあらためて当該納税義務者の所得金額および所得税額を決定する課税処分である。したがつて、更正処分といい、決定処分といつても、税務官庁がその調査に基いて納税義務者の所得金額および所得税額を確定し、その不足税額(二六条一項一〇号)を賦課する課税処分たる点において、本質的に異なるところはない。納税義務者の側でも、その処分に応じた実質上の所得があるときは、税法の定めるところに従つて納税義務を負うことにかわりはない。そうすると、本件の場合、本来ならば決定の形式で課税処分をなすべきところを誤つて更正処分とした点の瑕疵は、単に形式上の瑕疵にすぎないものであつて、重大な違法性を帯びた瑕疵とは到底いい難い。ただ、扶養控除をしてはならないのに、誤つて扶養控除を認めた点の瑕疵は、前記所得税法第二八条に違反し、その控除は無効というべきであるが、それは右控除額の限度で税額の不足額を課徴し得ることを意味するにとどまり、右控除を認めた範囲でなされた課税処分である本件更正処分自体を無効ならしめるほどの重大な瑕疵とはいえない。したがつて、原告の主張は理由がない。

原告は、被告の認定した原告の昭和二六年分の営業所得二四六万〇、四〇〇円中には原告主張のような事由による金六〇万円を誤認計上しているから、本件更正処分は無効であると主張するけれども、原告の主張するような所得金額の認定に関する瑕疵は重大かつ明白な瑕疵とはいえないから、本件更正処分の無効原因とはならないものといわなければならない。

以上、いずれの点からしても、本件更正処分は無効とはいえない。

次に、本件更正処分の取消を求める原告の請求について検討する。原告は、本訴において、本件更正処分が無効でない場合にはその取消を求めるものであるが、右抗告訴訟の前審手続を経由していない点につき、原告は、更正処分の無効確認を求める訴訟において同時にその取消をも求める場合には、再調査または審査の決定を経由しないことについて正当な事由があると主張する。しかしながら、原告の指摘するように、更正処分の瑕疵が無効原因となるか取消原因にとどまるかがまぎらわしいとしても、そのことは、その処分の無効確認訴訟において同時にその処分の取消を求めておくことの必要性ないし便宜性があるというにすぎないのであつて、そのまぎらわしさが大きければ大きいほどその処分の取消を求める関係で、まず再調査または審査の手続を経由させることが、所得税法第五一条第一項の定める訴願前置の制度に沿うものといわなければならないし、更正処分を受けた者にとつて、無効確認訴訟と並行して再調査等の手続を経由することは、さほど困難なことではないし、これによつて著しい損害を受けるわけでもない。もし、原告の右主張が許容されるとすれば、更正処分の瑕疵の程度如何にかかわらず、これに対する無効確認訴訟の提起によつて、その取消を求める抗告訴訟の提起要件とされる再調査等の訴願手続の経由を回避することを可能ならしめ、課税処分の特殊性に着目して設けられた訴願前置の法制度をほとんど骨抜きにするにひとしい結果を招来する。したがつて、原告の主張する事由は、再調査等の手続を経由しないことについての正当な事由とはいいえないから、本件更正処分の取消を求める原告の請求は、訴訟要件を欠く不適法なものといわなければならない(なお、原告は、原審が再調査請求の異議期間内に取消請求却下の判断をしなかつたことを非難するけれども、原告が本件更正処分の取消を求める以上、原告自らの責任において再調査等の手続をふむべきことは、上叙のとおりであつて、原審のこの点に関する判断やその時期の如何にかかわりがないから、原告の右主張は理由がない)。

さらに、原告は、過少申告加算税は確定申告およびこれに対する更正処分の存在を前提として課せられるべきところ、本件過少申告加算税課税処分はかかる前提要件を欠くから無効であると主張し、原審がこれを認容したのに対し、被告はこれを争うので、この点について検討する。

所得税法によれば、過少申告加算税は、確定申告書の提出期限内に当該申告書の提出があつた場合において、その申告額について更正があるとき、または修正確定申告書の提出があつたときに、その追徴税額または修正により増加した所得税額に対し五%の割合で課徴するものとし、これに対し、無申告加算税は、提出期限内に確定申告書を提出しなかつた場合において、申告期限の日から期限後申告の日または決定の日までの期間に応じ、申告税額または追徴税額に対し、その期間が一カ月以内のときは一〇%、一カ月をこえ二カ月以内のときは一五%、二カ月をこえ三カ月以内のときは二〇%、三カ月をこえるときは二五%の各割合で課徴するものとしている。右の両者は、いずれも申告義務違反に対する行政罰である点において、その性質を同じくするものであるけれども、両者はその構成要件を異にしている。すなわち、過少申告加算税課税処分は申告期限内に確定申告書の提出があつたことを基本要件とし、無申告加算税課税処分は申告期限内に確定申告書の提出がなかつたことを基本要件とし、前者より重く所罰するものである。所得税法には、予定申告をしたものに対して確定申告を免ずる規定はないし、予定申告をしたものが確定申告をしない場合に当該予定申告を確定申告とみなすべき法律上の根拠もない。したがつて、申告期限内に確定申告書の提出があつたのにかかわらず、無申告加算税を課徴することの許されないことは勿論であるが、本件のごとく、予定申告のみがなされて確定申告書の提出がなかつたのにかかわらず、申告期限内に確定申告が行われたものと誤認して過少申告加算税を課徴することも、所罰上の基本的構成要件を欠くものとして違法といわなければならない。本件の場合が仮に無申告加算税を課徴する場合に該当するとしても、いやしくも行政罰としての過少申告加算税を課徴するには、その構成要件を充足するものでなければならないのであつて、前記のごとき所罰上の基本的構成要件を欠く本件過少申告加算税課税処分は重大かつ明白な瑕疵を有するものといわざるをえない。もつとも、過少申告加算税ならびに無申告加算税が所得税の本税に付帯して税金の形式で課徴されるにしても、右両者はあくまで行政罰であつて、所得税の本税とは本質的に異なるものであるから、これら両者をその本税と同様に律することはできない。したがつて、本件過少申告加算税課税処分は無効といわなければならない。

以上の次第で、原判決が原告の本訴請求中本件更正処分の無効確認ならびに取消の請求を排斥し、本件過少申告加算税課税処分の無効確認の請求を認容したのは、正当であつて(ただし、原判決主文第一項中の「過料」は、「過少」の誤記であることが明かであるから、更正する)、本件控訴は、その他の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 沢栄三 木下忠良 寺田治郎)

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